たらふくうまい肉を食べましょう、とカナちゃんが誘ったので、東京駅で待ち合わせた。
駅舎の外で待っていたカナちゃんは、なんだかいつもより口数が少なく、笑顔にもいつもはない影が差しているように見えた。
シロガネヨシが揺れる道を歩き、どこにでもあるチェーンの居酒屋に入った。
「何かあったの」
店に入ってからも、カナちゃんの笑顔はどこかぎこちない。牛ヒレ肉の鉄板焼とともに運ばれてきた2杯目のビールを一口飲んでから、聞いた。
「……エデンって、どんなところなんですかね」
3杯目のビールを飲み干してから、カナちゃんは呟いた。
「……どんなところかは知らないけど、不安や心残りがあると、行けないところらしいよ」
私は、冷めないうちに牛ヒレ肉を一枚つまんでから答えた。
カナちゃんの旦那は、あの人やサエコさんと同じく、何も言うことなくエデンへ向かったという。翌週には、いっしょに歌劇を観に行く予定もあったらしい。
「よくあることだけど、何度あっても慣れないんですよね」
確かにこの街に長く暮らしていると、親しい人がエデンへ旅立つ経験をしていない方が珍しい。
「そうね、私もこの間、知人が行ったわ」
サエコさんのことを思い出しながら、運ばれてきた豚肉のソテーをつまんだ。
「えっ、もしかして息子さんとかですか」
カナちゃんの声は、心なしか少し弾んで聞こえた。
「知人って言ったでしょ。息子はいないわよ。行ったのは親しい……、親しい友人」
いない、と言った自分の言葉にどこか不安を覚える。これまで起こったことすべてを記憶している自信など、あるはずもない。
「そうなんですね。息子さんだったら、これから二人で嫁姑ごっこができるかと思ったのに」
カナちゃんは今度は残念さを隠さずに、鶏の唐揚げを頬張った。
その日は肉も食べたが、お酒もしこたま飲んだ。私も飲んだが、カナちゃんはそれ以上に飲んだ。お酒に強い子だと思って見ていたが、トイレから帰ってきたらぐうすか寝ていた。
起きそうにないし、起きても家には帰れなさそうなので、お会計とともにタクシーを呼んでもらった。
カナちゃんがどこに住んでいるのか知らないので、仕方なく連れて帰ることにする。とはいっても私の家は人を泊められるような部屋ではないので、サエコさんの家を借りるすることにする。家の合鍵は、まだ持っていた。
サエコさんの家の前にタクシーが着き、カナちゃんを揺り起こす。少なくとも家の中までは歩いてもらわないといけない。
家の中は、少しホコリの臭いがしたものの、きれいに片付けられていた。サエコさんは掃除や洗濯をすべてしてから、この家を出ていったようだ。
カナちゃんを壁に寄りかからせて、客間に布団を2組敷く。カナちゃんは敷かれたばかりの布団に大の字になる。電灯を消して、私はその隣の布団に、そっと入る。
「さっき言った嫁姑ごっこ、本当にやりましょうよ」
うつ伏せのままだからか、くぐもった声でカナちゃんが呟く。
「それもいいかもね」
電灯にぶら下がって揺れる紐を眺めながら、呟きを返す。
秋の虫が一匹、鳴いていた。